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続き
【 想 】=三=
SOU3
「おセイちゃんっ!!!!」
青白い顔のまま、セイが屯所へ戻ると言い出し、まさに今
里に止められている現状
流れ出る血液を、巡察の間留めるには無理があるのだ
詰め物をしていても、結局は流れ出るほどの量
青白い顔のまま、巡察に出て敵と出くわせば
どうなるかなど、里乃にだって理解できるほどだった
「沖田先生に戻ると約束をしたんだよね…だから、ごめんね」
腰に刺さりこむ二本も、ずしりと重みを伝えてくる
普段であれば気にもしないで居れるものなのに…
だが、パンと両の手で頬を叩き気合を入れると
背筋を伸ばし、行って来ますと告げ、長屋を出た
足取りが重く、息が直ぐに上がる
そんな中、やっとの思いで屯所に辿り着くと、目の前がクラクラと揺れる
けれど、気を失えばばれてしまう……
グッと唇を噛み締め、ただ今戻りましたと告げ、厠へと向かった
やはり、軽率なのかもしれない
でも、自分が討たれたとしても、総司を守る事は出来るはず
セイは深く溜息を吐き厠を出た所で、斉藤と出くわした
「神谷、特別任務がある」
そう告げると、セイの手を引き黙々と足を進める
セイにしてみれば何の隊務なのかも解らない
それを聞こうとしたが斉藤の鋭い視線が何も聞くなと告げているようで
言葉が出せずに居た
一方、総司は戻るはずのセイが戻らない事を土方へと報告に向かっていた
昨日の青白い顔
妾宅に居るのだろうが、巡察が始まれば、神谷清三郎はきっと
新選組に追われるのだろう…
「帰ってくると、言っていたのに……」
記憶を失う前の自分はこうやって
この子を信じ、そして裏切られた事はあるのだろうか?
否、無いからこそ、仲良く居れていた筈
だったら三日の居続けも、何か理由があったのかもしれない
だが、【特別】な扱いはする訳にはいかないのだ
「はぁ、困った子ですよね…」
土方の前でポロリと零した思いが土方に苦笑いを生んだ
「なんですか!?そんな渋い笑い方してぇ~」
「あ? いや、神谷は別の隊務を与えた」
その言葉に自分の配下なのに、何故教えてくれないのかと
土方に噛み付いたものの、良く考えてみれば
自分に休暇を申し出たのも、きっと今まで何度も許してきた事
それを今、記憶を失ったせいで許可できなかった事を
この土方が変わって、許可を出したのだろうと思った
「なんか…申し訳ありません、神谷さんの休暇なんですが」
「あ?特別任務は与えたが休暇は与えてねぇぞ?」
「え?あ…あれ?」
「斉藤が、特別任務を受けて小柄な隊士が必要だというから急遽神谷をやっただけだ」
「あ…では、神谷さんは他の任務に?」
「命が関わる事じゃねぇと斉藤は言ってたがな」
腕を組みながらニヤリと笑う土方に一礼をして
総司は巡察へと出た
イライラと苛立つ
斉藤がセイを、特別任務に借り出した事も
何故自分に一言無いのか
「おい、沖田先生今日は荒れてるな…」
「神谷が居ないからか…」
こそこそと言葉を続ける隊士
「巡察中ですよ!余計な事は慎みなさいっ」
一喝が入ると、隊士達が視線を合わせ、口を一文字に結ぶと
キッと鋭い視線を辺りに振りまいた
無論、怪しい人間を見つける為の巡察なのだから
その態度が普通であろう
一方、斉藤の命を受けて縫い物をしているセイ
何せ大量で、ちくちくと針を進めているのは良いが
何故これが密命なのか…疑いたくなる事満載ではあるが
この身体には正直助かった
近くに厠もあり、体を動かす仕事ではない分
無理が利く
ふ~っと、一息付くと、セイは窓から外を眺めた
恐らくは、今頃巡察
総司が無事であるようにと祈りながら、再び針を進めていた
一方斉藤は、セイに仕事を与えるまでは思考が追いついたが
本来なら床に伏せって3日を過ごすほどなのにと
気が気ではない。
けれど、鬼と巡察へ出るよりかは幾分楽ではあるだろうと
かき集めた縫い物
それの、手間賃を貰い、隊へと功労金と言う形で提出すれば
働いた事にはなる
だが、仕事内容は内密にしておいて貰わなければ
恐らくは己が斬首だろうなと、酒を煽りながら思った
(ふっ、神谷に甘いのは沖田さんだけでは無いらしいな…)
クッと猪口を一気に空けると、斉藤は屯所へと戻った
沖田の配下であるセイを無断で借用したのだ
門の前に腕を組んで張りに寄りかかる総司が何も己に言って来ない訳が無い
解っていて、総司の前を当たり前に通過した
「神谷さんはいつ戻ります?」
「…明後日には戻るだろう」
「密命なんですかね?」
「さぁな…知ってても話せないのはあんただって解るだろう?」
その言葉に背後から熱い視線を感じる
顔を合わせないままの会話は、途切れ
斉藤は、己の隊部屋へと戻った
「神谷…清三郎…か…」
組んだ腕を、更に組みなおして呟くと、背中の筋力だけで寄りかかった柱を離れ
隊士部屋へと戻った
眼を閉じても、セイの笑顔が張り付き、それが嫌に鮮明で
又あの笑顔が見たいと不意に思う
眠たさも無い状況でその反則的な笑顔が総司の頭を占めているのだ
布団を敷くとそのまま、道場へと向かった
振り切れるものであれば、振り切ってしまえば良い
(男を気にするなど、私ってば、どうにかしているんでしょうかねぇ…)
明け方まで剣を振りぬき、明日に響くとまずいと、自室に戻ったが
結局は眠れぬまま朝を迎えた
一方セイは、縫い物を終え、深い溜息をついた
明日までに仕上げろと言われたものを、一日で仕上げてしまったのだ
無論寝る間も惜しんで…
仕事が速く終わると言うのは、新選組に取ってはありがたい物ではあるのだが
仕事が終われば、屯所へと戻れるのだ
セイにとっては、沖田が自分の知らない所で戦うのが一番嫌だった
だから早めに仕事を切り上げ、戻ろうと思っていたのだが
斉藤がこの仕事の切り上げを伝えない限りは、その場に居なければ成らない
セイは深く溜息を付くと、その場にごろりと身を横たえた
貧血による眩暈もあったが、心身的に窮屈さを感じていた
なによりも、総司の態度の違い…それがセイの行動や言動を縛っているのも事実だった
前だったら…昔だったら…
けれど、自分を守り記憶を失くした総司
セイはもう一つ大きく溜息を吐いた
「沖田…せんせぇ…グス…」
此処で泣く分には誰も聞かないで居てくれる…
だったら、今泣いておけばきっと、又…
どんな沖田でも受け入れて頑張れる
その思いから自然と涙がこぼれた
結局一日を何もしないで過ごし
翌朝にやっと斉藤が迎えに出てくれた
お馬もどうにか終わり、セイはホッとした
けれども、そう何度もこうやって、偶然が重なるなどありえないと
セイは総司の記憶を戻すか、自分が女だと告げるかと悩み始めてしまう結果となった
どちらにしても、記憶を戻す事も出来ず
女だと告げるのも怖い…
もどかしさだけがセイの中で蠢いていた
「沖田先生…」
呟いても、答えは返らぬまま…セイは屯所へと戻った
===================================
2010/5/31
【 想 】=四=
夕暮れ、シンと静まり返る屯所へと、斉藤と共に戻り
仕事内容は秘密だと言い置かれていたので
セイはそれを快諾した
なにしろ、休みに匹敵するほどの楽な仕事である
これを口外するなと言う斉藤の意図は掴めないが
女物の襦袢などを縫っていたと知れれば、隊の中でも格が下がるのは間違いない
「神谷です、戻りました」
土方の部屋で、声を掛けると入れと追って声が聞こえた
深く息を吸って、斉藤と作り上げた、秘密の特命の話をする
小さい子供に剣を教えていた
とある屋敷で…それが斉藤との口合わせ
別段嘘を付かなくても良いのだが
斉藤がこんな仕事を紹介したなどと言われれば立場が無いという事から
利害が一致し、二人は口を詰むんだ
「神谷さんっ!」久しぶりに聞える声に、心が嬉しくなってくる
「はっ、はい!」緊張した声がばれたのではないだろうか?
この男には昔から、隠し事が通用しない…
いつも自分を見ていてくれたんだと、今更ながらに思う
「特命ご苦労様でした。疲れているでしょうから皆でお風呂にでも行きませんか?」
その言葉に、ビクリと背中が汗をかく
「あの…今日は…あちらのお屋敷で、湯殿をお借り出来たので…」
しどろもどろと答えると、仕方が無いですねと、湯桶を片手に総司が風呂場へと向かった
深い溜息を吐き出すと、セイはその場に尻餅を付いた
無理も無い、風呂の誘いなど今まで無かった
如心遷…それすら、彼の思いには残って居なかったのだと
改めて痛感すると、悲しさだけがセイの心を埋め尽くした
「なーにやってんだよ?」と、泣き出しそうに声が掛った
「あっ!なっ、何でもありません!」
グッと、着物の袖で自分の目尻を拭う姿で、悲しみに浸っていたと
この男には直ぐにばれてしまうのに…
「総司の記憶が戻らないのは、あれだ、その…なんだ、あいつがバカだからだ」
「え?」
「いや、だから…」
(慰めてくれてるのだろうか…?)
「どうしたんですか?副長」
「だ~っ、もう良い!なんでもねぇ!」
どすどすと、通り過ぎていく土方の真っ赤な耳に、クスリと笑みが漏れ出る
「おや?柄にも無く慰めてくれたんですか~?」
「なっ!こら!神谷っ」
セイが土方を追って、袖を掴み下から覗き見る眼は好奇心
けれども、その表情が一瞬可愛さを感じさせるから見た方はたまったものではない
「っつ!! くっ、くだらねぇ事言ってねぇで、さっさと部屋へ戻れっ!」
その言葉に、ハイハイと二つ返事を返す辺り、セイがからかっているとしか思えなかったが
それで笑顔が戻ったのであれば、それはそれで良いかと
土方が、後ろから前へ見直して進もうとした時だった
「なんだよ?」
「いえ、別になんでもありませんよ~」
腕を組んだ総司の視線とぶつかったのだが
その言葉を残すとさっさと部屋へと戻って行った
そんな姿を首をかしげながら見送ると、土方も深い息を吐き、部屋へと戻った
「なんなんでしょうかねぇ・・・」
眉間に皺が自然に寄る。
なくした記憶が恋しくなる時が来るなどとは
全く思って居なかったのに、不可解なセイや、斉藤、土方
一般の平隊士以上に眼をかける理由が思いつかない
更には自分が一番、セイに入れあげていて
殊更可愛がってたとも聞いている
「神谷さん?」部屋で布団を敷いていたセイに声を掛けると
微笑むと駆け寄ってくる
愛らしい行動に、総司の心の臓がドクンと大きく脈を打った
「どうしましたか?沖田先生」
「あ…いえ、なんだか一瞬胸が苦しかったもので…」
「病でしょうか?」
「あ、いえいえ、そんなんではないと思います…あっ、それより、ちょっと」
セイの手を引くと、川原へと無言で連れ出した
総司にしてみれば、なんと切り出して良いか解らないのだ
しどろもどろと言葉を紡ぐよりは一度落ち着いてから話し始めたほうが良いと
セイの手を引いた
(…こんな小さな手で、剣を振るうんですか?この子は…)
手首の細さと、セイの華奢な体が自分とは正反対で扱いに困る
引いた手が痛くは無いだろうかと言う心配まで襲い掛かってくる
「先生っ!」
「あっ、すいません、痛かったですか?」
「へ?…先生、何処に行かれるのですか?それが聞きたいだけです」
怒ったような表情を向けられ、何故怒っているのか
それを考えた所で答えは出ないのだが、どうも、この子が怒っている姿は
自分が悪い事をしているようで、いやだった
直ぐに川原へと到着すると、総司がその場に座り込み
セイと視線を合わせると、ポンポンと隣の草むらを叩いた
「なんなんですか、一体…」
ぶつぶつと文句を口から吐き出すが、別に嫌でも怒っている訳でもない
ただ、どう総司を扱えば良いのか
それがセイにとっての一番の困りどころだった
さらさらと・・・
流るる水面に落ちる葉が
幾重も越えて、辿り着かん
木々がゆらりと風にたゆたう
不意に無言の世界が途切れた
「神谷さん、私と言う人間を教えてください」
黙っていたかと思うと、急に言い出した言葉
驚いて眼を丸くしたまま、総司を見やったセイがぽかんと口まで開いている
「どどど、どうして私なんかにお聞きになるんですか?」
「あ、神谷さんが私を一番知っていると…皆さんが言うものですから…」
「はぁ…」
確かに知らないはずが無い
だって今まで一緒に居て、一番近くでお互いの命を見守ってきたのだから
解らない訳が無い、けれど、どれもこれも思い出せるのは
女と知り、それでも側においてくれている慈悲深い総司の姿
それを一番に伝えたいのに、それすら伝えられない
「先生は、優しい鬼です。局長や副長の為に使命を全うし
子供が好きで、甘いものがお好きです。
涙を流すのを幼少で止めたんですよね?
そして、沖田総司は…がんばりやさんです」
胸を張って言う言葉に、全て当てはまっている事が不意に可笑しげに思えると
悶々として悩んでいた先程とはまったく違う暖かな風が胸の中に吹き荒れた
「あはっ、凄いですね~神谷さんって」
「え?凄くは無いですよ~一番隊士であれば、誰だって答えれると思いますけど?」
「いえ、涙を流すのを止めた話は…きっとあなたにしかしていないと思いますよ?」
ふっと、その時の思い出が蘇り、セイの顔をマジマジと見つめた
「え…? あ、あのぉ…」
「あぁ、あなた!あの時の桜の精に似ているんだ!」
「あ…は、はぁ…」
「いえいえ、勝手に納得してごめんなさい、あはは…だから気になったのか~」
「気に?なった…ですか?」
「えぇ、あなたの事がどうも気になって居たんですよね~」
すっきりした顔で空を見上げ、ニコニコとしたままの総司
だが、その横で今でも気に掛けてくれていたのだと
その悦びがセイを襲っていた
気に…掛けてくれている事がどれだけ嬉しいか
きっと、総司には伝わらない
けれど、涙が溢れ出して来るのを必死に堪えた
(男なのだから、泣いてはいけない…)
「…っ……」
だが、溢れ出したものは、既に止め処なく流れ落ちていた
「神谷さん?どうしたんですか?」
「いえっ、 ズッ…なんでぼありまぜん…」
「ぷっ、あなたときたら、本当に泣き虫さんですねぇ~」
ポン…頭の上に普通に手を置き、知らぬ間にセイの身体を抱き寄せていた
違和感のない抱擁にセイは昔の総司が戻ってきた錯覚に襲われ
そのまま身を預けて涙を流した
小半刻は泣き続けただろうか?
目を腫らしたセイが、顔を上げると再び総司が笑い出す
「神谷さんって、子供みたいですね~ほらほら、泣き止んで下さいよ」
「なっ!子供とは失礼ですよっ!!!」
「すいませんってばぁ~ほらほら、泣かないで」
子供をあやすようにセイの頭をポンポンと叩くと
いやにその手触りが馴染む
きっと、何度もこうやって二人でじゃれた事があるのだろうと
不意に思うと、ポツリと呟いた
「記憶が戻れば、あなたともう少し近づけているだろうに…」
「え?」
「え?あ、私口に出てました…?」
「あ、あのぉ…え、ええ…聞えました。」
「あ、スイマセン、変な意味ではないんです、なんか
あなたの頭をポンポンしてたり、泣いてるのを拭ったりするのが
なんだか私の役割のような気がして…
お…男が男の胸で泣くのって…気持ち悪いですよね…あはは…」
ちょっと青くなりながら伝えてくる総司
きっと、男同士が抱き合って泣く姿でも思い出したのだろう
そんな総司を見てプッと噴出したセイが、涙を忘れ笑い転げる
「あはは、ヒィヒィ…お、男同士でって…くくっ…今誰を思いつきましたか?」
「え、あ…解っちゃいました?」
「だめ、もう、面白すぎですよ~」
「神谷さんは誰を思いつきました?」
「土方ふくちょーですっ!」
総司が、目の玉をくりんと上にあげ脳の中で想像を膨らますと
ぶふーっと笑い出す
「相手は、伊東参謀ですか~♪」
あはあはと笑い転げる二人が一頻り笑い終わると
総司が起き上がり、セイに視線を投げてきた
「神谷さん…記憶…戻すのを手伝って頂けないでしょうか?」
月を背負った総司の言葉が、セイの心に染み入る
思い出さなくても良いと言っていた時よりも、今はしっかりと
自分で思い出したいと言い出したのだ
「はいっ!神谷清三郎全力でお手伝いいたしますっ!」
「よろしくお願いしますね、明日は非番ですから法眼の所でも行って見ましょうか?」
その言葉にハイと返し、二人は屯所へと戻った
====================================
2010.06.16
【 想 】=伍=
朝餉が終わると、セイは洗濯物を終わらせ
法眼の療養所へ行けば、どうにか記憶を取り戻す鍵があると
胸を躍らせた
直ぐになんてもどらないのは解る
けれど、失った記憶を取り戻し、また、あの時の総司が戻ってくる
そう思うだけで口角が緩んでしまう
「あっ、そろそろ先生が待ってる!急がなくちゃ!」
セイは最後の洗濯物を干すと、襷を外し、バタバタと用意をすると
屯所の入り口まで足を向かわせた
「あっ!沖田先生~」
大きな木に身体を預けて、腕を組んだ総司が
屯所を出てすぐの所で待っていた
「すみません、洗濯を終わらせて来たもので」
息を切らし駆け寄ってくる姿が、戌のようで
ぷっと吹き出し、ニッコリと微笑んだ後に歩き出す
「自分の仕事優先ですからね、気にしないで下さい」
「はい、ありがとう御座います」
たかが、その一言がセイにとっては、凄く嬉しい
気にも留められない人、から、少しは気に掛けてくれる人に
変わったようで…
法眼の診療所へと辿り着くと、すぐさま法眼に相談をし
結果、同じ様な衝撃を与えると戻るかもしれないと言う案が出た
だが、体が悪くなっている訳でもない
薬が効くとは聞いた事もない
法眼は真剣に悩んでる二人を見て深く考えるとセイだけを部屋から出した
「まずは、沖田おめぇ、何故今になって思い出してぇと思ったんだ?」
少し照れたように、総司が頬を人差し指で掻くと
「いえ、記憶が無くても支障はないのでしょうけど、どうも思い出さなくては
不可解な事ばかりなんですよねぇ…それに、私だけ時間が止まっている感が
否めなくて…」
「恐らくは、沖田おめーが、強く思い出したいと願わねぇと無理だぜ?」
正座をした総司が、はぁ…とだけ返すと法眼が続けた
「神谷は病だと、誰かに聞いたか?」
「え?」
「その病を治す為にお前が神谷を支えて居たんだ」
驚いたような顔で総司が法眼の顔の前に、青ざめた浅黒い顔を寄せた
「なっ…長くはないんでしょうか?」
「いや、命には関わる事は少ないが、極度の疲労は命を縮める事は確かだ
それに、体力は普通の奴よりも劣る…その癖アイツは意地っ張りだからなぁ…
お前さんが、そんな神谷を見守りながら張り通す意地を諌めて来たって訳だ」
ふむと…少し考え込むと、斉藤や土方がどうしてセイに甘いのか
と言う理由がふと思いつく
自分がその大事な部分を忘れてしまったが為に
セイが無理をしていた事や、土方斉藤が自分の代わりにセイを守っていたのだろう
そう思うと、苦笑いがこぼれる
「ほんと…皆さん優しい鬼ですねぇ」
法眼が、苦笑いを向けながらさもありなん…と、言葉を続けた
「もう一度私馬に蹴られた方が良いんでしょうかね?」
その発案にブッと噴出し、法眼が総司の肩をポンポンと叩いた
「いや、馬に蹴られたら命が幾つ有っても足りねぇよ」
「まぁ、そうですよね…」
「強く願えば良いさ、心から戻りたいと想えば、きっと不意に戻ってくる」
その言葉にニッコリと微笑み、頭を下げると法眼の部屋を後にした
ジャリ…昼の日差しが暑く総司の身体に降り注ぐ
眩しそうに手を額に当て、セイを探した
向かいの長屋の前で数人の男達が、女に絡んでいるのを
きっと、あの子は助けたのだろう
のされた男が一人、その男を支える男が数人
そして、セイの後ろで震える女を守るようにしてセイが刀の鞘を振っていた
(ほんと…何かと巻き込まれる子ですねぇ…)
総司が、スラリと抜き身を光らせて声を張った
「私は新撰組一番隊隊長沖田総司!その子に異論があるなら私を倒してからに為さい」
その張った燐とした声にセイが、張り詰めた糸を緩める
「沖田先生っ!」
「神谷さんっ!娘さんを中へ!」
その言葉に見事に従うセイを何となく誇らしく思った
だが、緩んだ頬を一瞬で引き締め眼光を光らせると
誰から来ますか?と、問い掛ける
その姿に、そしてその名前に、一目散に男達が逃げていった
「ありがとうございますっ!」
セイが微笑むとすっと笑顔を取り戻し、ポンポンと頭を撫でる
女に感謝の言葉を述べられムズ痒そうにしているセイに微笑みながら言葉をかける
「さて、帰りましょうか~」
結局良い答えはなかった
自力で取り戻すしかないとセイにも伝え
もう一度馬に蹴られてみますか?と言われた時には流石に大笑いをした
そんな畦道を、何度もこの子と歩いたのだろうと思い耽る
「先生次の非番の時は、先生の記憶めぐりをしましょう?
いつも行っている甘味屋さん刀鍛冶さん道を巡るうちに何か思い出すかもしれません」
前向きなセイの案に、良いですねぇ~と、返すと
セイの真っ直ぐな性格が総司の心を癒してくれていた
別に戻らなくても良い
けれど、失った物が大きかった気がする…
やはり戻りたい
そんな願いが、総司の心に深く根付いた
数日何も起こらず時は過ぎるが、敵対する者達が集う京に
異変が起きる
数日前より監察から入った情報
とある屋敷に、暗躍者が居る
数日前より、警戒を強めていたが、一番隊が巡察に出た時に事件は起きた
ピー ピー と、呼子が鳴り響き、総司の意識が一瞬でその方角を見極め
走り出した…が、今までに味わった事のない恐怖が襲う
横を走る小さな隊士
この神谷清三郎の力量が、何処まで本番で使えるのか
今まで幾度も巡察を繰り返したが、セイの出番はもっぱら治療と聴取
刀を交えた姿を今までに見た事はない
「…神谷さん、あなたは倒れた者を捕縛治療に専念して下さい」
「…ハイ!」
少しの間が空いたものの、返事が素直に返ってきて不安が一気に消え去り
その自分の胸の内が解らずに、眉間に皺を寄せる
まるで、大事な何かが消えてなくなるのを、泣いて嫌がる子供のように
不安に押し潰されそうに成る自分の心が不可解でならない
(本当に私ってば、どうしたんでしょう?)
溜息を吐きながらも、足は現場へと急ぐ
チラリと横目で、セイを見やるとその走る速度に必死に付いて来ている
その感覚がキュっと総司の胸を掴んだ
「神谷さん、あなたは…私の側に居なさい」
力が弱ければ戦えない
足手纏いに成るだけだと言うのに
自分の側を離れる事が考えられなかった
不安がドンドン胸を侵食してくるうちに自然とその言葉を発した
「ハイッ!」
間髪入れずに戻る声が急に凛と澄んだ
(そう、私が守れば良いんだ…)
踏み入れた路地
刀がぶつかり合う音が高く響く
血の香りがふわりと鼻を突いて来る
殺気が漲る中、総司が鯉口を切った
「いきますよっ」
その言葉に総司に付いていた数人の隊士がハイと返事を返し
各々に刀を抜き、戦う仲間の元へと辿り着いた
「一番隊隊長、沖田総司参る!」
自分が動くと、その後ろにはセイ
力が不十分だが、熱い力が総司の手には漲ってくる
≪この、子を…神谷清三郎を守る≫
そう思うだけで、自分が死ねないとさえ思えてきた
剣を振り上げながら、ふと思う
なるべく、致命傷にならないように斬りつけ
人を守る強さを身に付けている事に
全ては子の子のお陰なのかもしれない…と…
2010.6.28
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