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≪ 狼と私2章⑥ | | HOME | | 狼と私2章⑧ ≫ |
俺の名前は、レンだ。
それ以外は必要ない。
水希に逢って、沢山抱きしめたい
沢山…飽きるほど肌を重ねたい
どこまで俺は、壊れていくのだろう…?
君に焦がれたまま、他の人間を見る事など出来ない。
※この辺りから、話が暗くなりますので、ご注意下さい。
しばらくシリアス続きですのでどうぞ、一息二息付いてくださいませ。
「カイル様っ!」
俺を追いかけて来る執事のアル。
でも、もうその名前には返事をしない
確かに親の血が通っているのは確かだが
俺は、水希の夫の桑本レンだ。
それ以外の名前で呼ばれる事は苦痛でしかない。
「アル、レンと何故呼ばない?」
「その名は、既に戸籍を抹消しました貴方の名前は
カイル様です!カイル・カーレリンスさまです」
「そうか、では人違いだな、他を当れ」
俺は踵を返し、部屋へと向かう。
「他って…貴方しか居ないでしょう!カイル様!お待ち下さい!」
毎日がこんな具合で意地の張り合い。
社交界では笑うのが鉄則だが、頬に力が入り無理に笑わせようとする
そんな所に居ても、俺は顔を固めるしか出来なかった。
イギリスに渡って2ヶ月が経とうとしている。
水希にバナナをあげたい…。
そして、あの笑顔でありがとうと言われれば俺はすぐにでも笑えるのに。
毎日の流れは、朝メリッサが来て俺を起こし
朝食を一緒に取り書斎へと向かう。
書斎の中で午前中はひたすら本を読み続け、頭に叩き込む。
昼にメリッサと昼食を取り彼女はここで
一度帰るらしいが何をしているかは解らない。
それから、イギリスの血統の話を頭に入れながら歴史を学ぶ
机ばかりの仕事に正直うんざりだ。
何度もこの場所を逃げ出そうと試みたが
アルと警備の3名が毎日監視してくれるお陰で未遂続き。
もう、こんな場所から逃れたかったがそれは叶わなかった。
夕方まで少しの休憩時間があるが
その間は、イヤと言うほど社交ダンスやテーブルマナー等を
叩き込まれ運動時間は1時間
全てが時間刻みで動くこの生活はまるで
昔見た動物園の狼だ。
「俺の目も死んでるか?」
鏡を覗き込み、笑ってみようと頬を上げるが
到底笑顔なんて言葉を忘れる位に笑えなかった。
俺の表情筋は、きっと今頃破壊されているに違いなかった。
夕方メリッサがまたやってきて一緒に飯を食べると
この先が苦痛の時間
彼女の話を聞いたり、何かを手伝わされたり。
時には抱きしめられたりキスされたりする。
でも、俺はその行動に全く興味が湧かなかった。
「ねぇ、カイル?日本の女に会いたいの?」
「あぁ…」
「そう…」
これは、毎日の会話に必ず出る。
この2ヶ月、メリッサの名を呼んだ事が無いのに
彼女は立腹らしく、アルに何度も注意されていた。
「カイル?…今日こそ私と一緒に寝ましょう?」
「断る」
「冷たいのね…カイル」
しなだれてくる女に、溜息しか出ず
俺は風呂に入ると席を立った。
監視された部屋、いけ好かない女、融通の効かない執事。
ここは監獄か?
俺は風呂から上がると、部屋へと戻りメリッサが来る前に鍵をかける。
その鍵だけが俺に許された自由。
ベットに身体を投げ出し、枕を抱き寄せると
水希の名を呼ぶ。
逢える訳など無いのに…
あの時、簡単な気持ちでこの世界に足を踏み入れた事を
酷く悔やむ毎日だった。
時折ジョイと言う従兄弟が遊びに来る。
興味本位で聞いてくるヤツと違って、話はしやすかった。
彼が来ると、庭に出て一緒に野球やゴルフなどの遊びを
教えて貰えるから…俺の唯一の光はそれだけだった。
言葉もきつくなっただろうな…
顔も笑顔を忘れた能面のような顔だし…
こんな俺を見たら水希はきっと
蹴りを入れてくると思う。
もっと笑えって…。
胸元に掛けた水希のお守りはまだ手の中にあるのに
彼女はもう、手からすり抜けた砂のようにつかめない。
翌日、昼にやってきたジョイは、俺を庭に連れ出してくれた。
やっぱり日の光はどこに居ても心地良い。
今頃クロは散歩をしてもらえてるだろうか?
そんな事を考えながら、今日の遊びの題材は日本の遊び。
ベースキャンプで生活していた時に源蔵に教わった色鬼を教え
ジョイと時間を過ごした。
「レン、お前相変わらずぶっちょう面だな」
「ごめん…」
「笑えない王族か…プレッシャーとか凄いんだろうな
こうやって監視の目も凄いし」
「こうでもしないと…俺逃げるから…」
「なんだよ、王族嫌いか?」
あっはっはと嬉しそうに笑うジョイに、そうかもなと告げると
彼は意外に俺もだと…言ってきた。
「ダメかも知れないけど、これをポストに入れては貰えないだろうか?」
運動する時も、なるべくスーツを着用しなくてはならない俺は
内ポケットに忍ばせたそれをそっとジョイに見せた。
「いいよ…でも、今は受け取れない。
見られてるからな、そうだな…便所に置いて来い
トイレットペーパーの下に隠して」
「いいのか?」
「いいよ…」
この言葉にどれだけ心が緩んだか。
本当に水希に渡るかは解らないが…
俺はトイレへ行って指定された場所に手紙を置いて戻ると
ジョイが帰ると言い出した。
「ありがとう…」
「気にすんな」
と、短い会話の後、トイレへ行ったジョイを見送り手を振った。
ここに来て初めて…人間を見た気がした。
この場所に居る期限は…俺が権力を得れば
恐らくは無くなる。
だが、それを手に入れる為にはどう努力した所で
1年は掛かるだろう。
そんな俺を、水希は待ってくれるだろうか?
返事は書くなと手紙には書いてある。
だから俺の一方通行の手紙。
携帯もイギリスでは使えない。
PCもメールもまだ自由には使えない…監禁以外のなんだと言うのか
それでも、俺は水希に手紙を許される限り出そうと思った。
ジョイの許可も必要だが。
もう少し…俺を待ってくれ。
そう願うしか出来ない情けない俺に溜息が出る。
水希、君を抱きしめないだけでこんなに笑えなくなるなんて。
俺はどうやって笑ってた?
思い出せない。
引きつる笑顔など何の意味も無い。
夜に開かれたパーティーは、俺のお披露目だとアルは言った。
挨拶だけを終わらせると、見知った数人の顔が目に入る。
父を亡くしたかわいそうな王族の子
今の俺はそう思われているだろう。
母に捨てられた狼の子…そう思われてた事と今とでは
なんら変わりは無い
同情と言う言葉で、心をえぐる。
不安は無い?、大丈夫、頑張って…顔は笑っているのに目が笑っていない
みんな…動物園の狼のようだった。
ジョイの姿を見掛けて、俺は側へと近寄ると
彼の周りには二人程なかよさげに話している人が居た。
ジョイの友達と紹介を受け、俺は挨拶をすると
本題に入ろうと声を掛ける時に、ジョイの方から口を開いた
「速達で出しておいたから今日中には届くと思う」
それが凄く嬉しかった…そして、俺はそこで記憶を飛ばした。
俺は、どうやら倒れたらしく
目覚めるとアルが、大慌てで医者を呼んだ。
どうやら家に呼んでいたんだろう。
どうやって帰ったのかすらわからないけど
この場所は俺の家ではない。
「水希っ…」
仰向けに寝ていた俺は天井が歪むのを
腕で堪えた。
横から流れ落ちる水分が、耳の横を流れると
気持ち悪さに吐き気がする。
俺が…ここに来た理由は…なんだった?
俺は、今生きているのか?
水希、逢いたい…俺の生きる場所は、君だけなんだよ
室内でウロウロと動き回る源蔵。
机の上には手紙が置かれていた。
綺麗とは言えない字、そうレンの手紙を受け取ったのは
源蔵だった。
手紙の中に入っていた手紙。
二人から書かれた手紙にはレンの近状が綴られていた。
ジョイ・カーレイド
と言う名で送られた内容は
===============
初めまして、レンの従兄弟のジョイと言います。
彼は、連絡を取りたがっていますが、監禁状態にあり
自由に連絡を取ることも出来ません。
もし、違う人がこの手紙を読むのであれば
水希さんに伝えて下さい。そして彼の手紙を渡してあげて下さい。
彼は、笑顔を忘れ、今窮地に立っています。
きっと、助け出せるのは水希さんの支えだと私は信じています。
=================
その内容に源蔵が眉間に皺を寄せる。
レンも大事だが、それよりも水希をもっと大事だ
だからこそ、この手紙を渡すのを躊躇った。
「レンすまん…」
そう、声を掛けると水希へ送られた手紙を開いた。
勝手に見てはいけないものだとは解っている。
けれど、レンには婚約者まで居ると言うのに
水希だけを思う事など出来る事ではない…例え監禁状態にあろうと
彼の側に居る女が、水希の代わりに成る事がありうる今
水希に期待を持たせたくは無かった。
源蔵は、長いレンの手紙にゆっくりと目を通した。
==============
水希、元気ですか?
俺はもう元気が無い
水希に逢えなくなって何日が過ぎたのかさえ
解らなくなるほど、君に触れていない。
まずは一言謝りたい…ごめん?お金なんか送って…。
あれは、アルが勝手に送ったもので、俺も知らない所でされていた事だったんだ。
送り返されたネックレス、そしてあの小さな手紙
胸が引き裂かれる思いがしたよ。
でもね、君に嫌われているのかもしれないけれど
俺は水希の夫で居たいんだ。
戸籍の抹消と言うのをされたのかもしれない
けれど、俺はこのイギリスに君に声を掛ける暇も無く飛んだのには
理由があったんだ。
君と正式に結婚をしたいと思ったんだよ
だから、本当の俺の戸籍や住所があれば
もう一度水希、今度は完全な結婚を出来ると思っていた。
源蔵に世話を掛け、いきなり入籍させられた水希ではなく
今度は確りとお互いの意志で結婚をしたかった。
俺の家族は、こんな王家じゃなく
水希、君だけなんだ。
王家の血を引いた俺は、今必死に勉強して
王族を名乗るに相応しい人間にさせられている
それに従っているのは、この場所から逃れるため
笑い方を忘れてしまった…。
俺は水希にどうやって笑ってた?
きっと、俺は今、水希の側に居た俺とは
全然違う人間に作りかえられている。
王族なんて今すぐに捨てて行きたいのに…その実権を握る事も
まだ出来てはいない。
側に居る女と結婚すれば、すぐにでも行けるのだが
それをすると、水希を裏切る事になるから
俺が、ここでの権力を手に入れるまで待っててはもらえないだろうか?
逃走も何度も試みたが、SPに捕まってしまい結局逃げられない。
だったらこれしか手が無いんだ…。
こうやって手紙を書く事で、水希君に俺の思いが伝わってくれるなら嬉しい
ただ、返事を書いてもらってもアルに処分されると思う。
そして手紙を出した事が発覚すれば、もっと拘束が厳しくなると思う。
けどね?それでも…俺は君に書かずには居れなかった。
俺には君しか居ないから。
水希、お願い
俺にチャンスを頂戴?
君が居なければもう、俺は笑う事さえ出来ないよ…。
桑本レン
==========================
源蔵は、その手紙を綺麗に折りたたみ
机に置くと、深い溜息を付いた。
レンは水希を思ってる…それは、あのお守りをあげた時に
十分に解っている。
今まで辛い思いもしてきている…でも
「母さん…私はどうしたら良い?」
「……水希を今度は守ってあげなくちゃいけないんじゃない?
前みたいに、レンの思いだけで入籍させてしまったんだから
今度は、ちゃんと…守ってあげないといけないんじゃない?」
「見せないと言う事か?」
「…解らない…でも、私は見せない方が水希の為だと思う
王族が、簡単に抜けれるものなら、もうレンは戻ってきててもおかしくない
それをまだ戻れない、戻ることが出来ない…そんなに月日を過ごして
水希は前のように長い間縛られなくちゃならない理由なんて無いと
私は思うの…前回みたいな過ちは、もうしたくない…。」
源蔵は、手紙をそっと机の引き出しに押し込んだ。
それが水希の為だと。
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