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続きになります
上弦の月≪半月≫
出会った二人は…
恋などした事もない正体不明の小説家
恋と呼べない恋をしている
旅館の若女将
そんな二人の距離が縮んでいく…
慌てて、風呂を出ると閏葉は、顧客台帳の確認のため事務室へと訪れていた。
名前は、【葵】
鶴の間は財界の方が来店した時や、タレント、
著名人の方々が過ごし安いようにと
作られた離れで予約も無しにポッと泊まれる所でも無い。
何度も来ているならあんな容姿忘れるはずは無い…
「女将、鶴の間の葵様は、いつまで滞在されるの!?」
一仕事終えた、母妙子がひと息入れに帰ってきたので、聞いてみるのが早いと思った。
「閏葉あんた、葵様と会ったのかい!?」
「うん、お風呂で…」
母の話では、葵様と言う人は、小説家であり今は亡き父の親友の子息だと言う。
その言葉に、やっぱりかと…頭を抱えたのは閏葉だった。
自分が明日から受け持つ担当の【葵】は、きっと彼だ。
こんな高級な部屋を借りて、一ヶ月の滞在分の金額は払われている。
彼は一体…何をする為にこの場所に来たのか?
閏葉は、背筋を伸ばしフッと強く息を吐き出すと、今度は目の前のドアをノックする。
鶴の間は、防音設備も整った最高級の部屋で一泊15万は掛かるだろう。
知り合いなどには安く貸し出すのだが、葵はそれを拒み通常料金で部屋を借りているのだ。
みっともない事は出来ない。
「若女将の閏葉ですが、葵様いらっしゃいますでしょうか?」
インターホンを押しながら話すと、外の声は中へと通じるようになっており
それを聞いた葵は、すんなりと扉を開けた。
そこで閏葉が敷居をまたぐ前に、目を見開いた
着崩した着物…
否
丈が短くて、彼の足はツンツルテン…
「あっ、サイズが小さいのしか在りませんでしたか?」
「ん?あぁ…そうだね」
めんどくさそうに答える彼に失礼しますと断る
と、すんなりドアを塞いでいた身体を横にずらした。
「それはLサイズですのでFサイズの物とお取替えさせて頂けますか?」
「んまぁ、何でも良いんだけどね」
面倒臭そうに、頭をボリッと掻いて答える彼に、
閏葉はスッと着物のサイズを治したものを前に出した。
「あぁ、そうそう、若女将」
シュルッと帯を解きながら言う彼を見ないように、
返事を返すと彼は着替えながら続きを話す。
「あんた、閏葉って言うんだよな?明日から俺の担当?」
「え、ええ…そうですね」
「ふぅ~ん、吉田も良い子捕まえたみたいだな」
「良い子かは…まだ解らないかと。」
謙遜する訳ではない、仕事でまだその実力が伴なっていないのも確か。
先生の言いたい事が解る様になって担当は一人前!
と息巻いて話していた昔の吉田を思い出す。
「あ~一応言っておくあんたの恋愛経験を少し聞かせてもらうから…」
「えええ!?わ、私のですか?」
「うん、それも仕事だから」
そう言われれば答えないわけには行かないだろう…
小さくハイと返すと、ニッコリと笑顔を向けられて、閏葉の心脈が一気に跳ね上がった。
大好きだった小説の彼に…
そっくりな妖艶な微笑を持っている彼…
もしかしたら…
彼は…
「妖怪…」
ポツリと呟くと、彼はスッと閏葉の頬に指を滑らせた。
「俺が?」
「え?へ!?あっ、すいません」
硬直した体が動かない。
けれど瞳の奥に光る紅い閃光に射抜かれている気になる。
「俺は、狼男だよ?妖怪じゃない」
同じではないか…
と思いながらも、もう一度ハッと彼を見やった
「ぷっ、あんたドンだけ俺の作品見てるんだよっ」
彼の作品は、吸血鬼、妖怪、狼男…その手の話が織り交ざり、
その過酷な人生と最後を描いたものが多く
今話題の狼男に至っては、死ねない体と心を手に余している…
と言う話しになっていた。
次回は確か…
「最終章は恋愛なんですか?」
その言葉に一瞬行動を止めるが、直ぐに動き出し彼は会話を続ける。
「ん、察しが良いね…けどね、担当だから言うけど正直行き詰っているんだ」
眉間にシワを作りながら、そう言う彼にどう言葉を掛けて良いのかも解らない…
(やっぱり担当失格じゃない!)
今度は閏葉が眉間にシワを寄せた。
「あぁ、ダメだよ?こんなにシワ寄せたら可愛くない」
眉間を撫でながらスイマセンと謝ったものの、可愛くないとはなんと言う言い草か!
だが担当作家さん…
下手に出れずに、ハイと答えるしか出来なかった。
「先生は今まで恋愛作品書いた事ありませんよね?」
「え?あ~…そうだね」
「今回はそれで、ジャンルの幅を広げると言う感じなんでしょうか?」
「ん…少し違う、俺は俺の思いのまましか書けないから。狼男が死ぬ時は、愛する何かと一緒でなければきっと彼は死ねない気がするんだよね」
「それは…どうしてそう思うんですか?」
「ん~君質問多いね…」
「あっ、すいません個人的興味ですので」
「うん」
すると、葵は閏葉に手を差し伸べた。
「え?」
「どうぞ?」
差し出された長くしなやかな指先…
その手で生み出す小説に何度も魅了され引き込まれた彼の手…
オズオズと手の上に閏葉は手を重ねると、グッと軽く引かれ
リビングのソファーへと誘導されると、その場で座らされた。
「時間は大丈夫?」
「明日の出勤はここですよね?それに、
出社は先生の資料収集だけのためみたいなんで、大丈夫です」
カチャッと茶器が音を立てて閏葉の前に置かれた。
「お茶で良い?」
「あっ、私がやります!」
この場所では自分の方がものの位置がわかる。
閏葉は、裏返った茶器を表に戻すと、その中に御湯を注いだ。
「あれ?インスタントだっけ?」
「あ、この方が美味しいんですよ?」
そう言うと、一度湯ですすいだ急須に、茶葉を2杯入れ、
湯呑みの御湯を、その上から注いだ。
くるくると何度か混ぜ込むと
その急須の口から注がれるお茶は良い香りが際立っていた。
「うん、じゃー話し続けるけど…俺は、自分の感覚でしか書けないから、
人から聞いた事や思った事をそのままダイレクトに紙に落としていくんだ。
けれど、感じ切れない物もある…だからそれを君に聞こうと思ったんだよ」
閏葉は、椅子に腰を落とすと話の続きを聞く。
「私、そんなに経験多くないんですよね…」
「あ~…そうか」
「役に立てなくてスイマセン…こんな仕事をしているお陰で、
出会いも殆どなくて…やっと出来た彼は、
私の気持ちがまだ追い付いていないと言うか…」
「じゃーその彼の話しでいいよ」
「い、今ですか?」
今は、閏葉の彼が帰った後の深夜2時。
こんな時間に訪問する方もどうかと思うが、
挨拶に来いと言われたからには来るしかなかった。
「出来るだけ早い方が良いんだけど…明日でも良いや」
カチャッとお茶を置き、ン~ッと身体を伸ばす葵。
それに便乗してか閏葉も立ち上がり、それでは明日と伝え部屋を出た。
「うわぁ…やっぱり葵先生だった~」
表情には出さなかったが、本当は死ぬほど緊張していた。
この仕事をしているお陰だと思えて、着物を一瞥してニッコリと微笑み部屋へと戻った。
だが、これは恋と呼んで良い物なのだろうか?
閏葉は、パジャマに着替える手をハタと止めた。
どちらかと言うと…
彼を、いやいや、小説の登場人物の彼を重ねる方がしっくり来るほど
恋心は育ってはいないのだ。
それとも、これから育てる過程を聞き出そうとしているのだろうか?
そんな事を考えながら深い眠りに付いた。
翌朝は、若女将業務はなく担当として12時半に鶴の間へと出向いた。
鍵は開けられていて、待っててと言われ素直に待っていると仲居が膳を下げに来た。
「あっ、若女将…」
「ごめんね、これお願いします。それと彼が私の担当作家さんなので
私がここに出入りするのはお仕事だって事、皆に伝えておいて下さい。」
かしこまりましたと仲居が部屋を出ると、クスクスと笑う葵と目が合った。
「浮いた話の一つ位、問題ないんじゃ?」
「何言ってるんですか!ある意味自宅みたいな場所なんです…
変に噂は立てられたくありませんから。」
「へぇ、こんな老舗旅館でも噂は立つんだ?」
ようは、自分を守る為に言った言葉が、自分の居場所を悪く言ってると言う事になる。
そんな事は無いと言い張った所で…きっと、違う手で彼は攻めてくるだろう。
「先生、どうぞよろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしく…それと、悪いけど俺の事先生って呼ばないで?」
「え?では、どうお呼びすれば…?」
「葵でいい」
「では、葵さん?」
「ん、葵ね」
「よよっ、呼び捨てなんて出来ませんよ!」
「仕事だと思って…頼む」
仕事と言われれば…仕方が無いのかもしれない。
どうにも出来ずに、小さな声で名を呼んでみる。
「葵」
「…閏葉」
呼び合った二人が、一気に頬を染めた。
「ッ…なんか変ですよ!」
「解ってる…でも、我慢してくれ…こっちだって恥ずかしいんだから」
そんなの知ったこっちゃない!とは思うものの、元々憧れていた彼…
いや、彼の手で生まれた物語の主人公に名を呼ばれているようで…
勘違いしてしまいそうになる恐怖が押し寄せた。
「とりあえずさ、閏葉の彼の話しを聞かせてくれないか?」
その言葉に、とうとう来たかと閏葉は話し始めた。
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